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2010年1月29日 (金)

あなたへの贈り物

 家から駅まで、緩やかな上り坂だ。ある年の冬、前日の積雪で路面が凍結した。
 靴底がつるつる滑って、何度もこけそうになった。この年になると、尻餅をつくのも怖い。最小限の歩幅で、そろりそろりと歩く。どうしよう、遅刻するかもしれない。それよりも、ぜんぜん前に進めない。こんな調子で駅に着くのだろうか。道のりを考えたら、気が遠くなった。
 でも、振り返ると。私は確実に前に進んでいるのだった。たとえ1歩が20センチでも、1歩踏み出すのに1秒かかったとしても、1分で12メートル、10分で120メートル、1時間あれば駅に着く。その日、出社できたことは言うまでもない。
 たとえどんなにゆっくりとした歩みであっても、必ず前進し、目的地に着く。立ち止まらない限り、絶対に。
 私から、あなたへ。最後のメッセージ。

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2010年1月22日 (金)

私(あなた)へ贈ることば

 三十歳を過ぎてから2回転職した。
 就職して最初の2年は、あまりにも経験不足で転職する資格なんてないと思っていたし、その次の3年ぐらいは、何年もやっているのに自分を売るに足る実績がないと思っていた。過ぎた日を悔やみ、そのときそのときの自分にひどく悲観的だった。
 当時、求人欄にはある程度の年齢制限があった。第二新卒が23~4歳、つぎが27~8歳、30歳、32歳……。年齢が増すにしたがって、求められる経験は増え、求人の数は減っていく。若い頃はよかった。3年前の自分になら「まだ、なんだってできるよ」「無限の可能性があるよ」そう言えたのに。何度も何度もそう思った。
 ある日、私は気づいた。3年後の自分もまた、今の自分にそう言えるのではないかと。5年後、10年後の私も、きっとそうに違いない。何年経っても3年前の自分に「今なら何でもできる」といえるなら「今」の私こそ、なんだってできるはずだ。未来の私(あなた)よりも、現在の私(あなた)のほうが可能性が大きいなら、今の私(あなた)にできないことはない。

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2010年1月15日 (金)

 何がやりたいか、なんて、二十歳過ぎの青二才に答えられるわけがないのだ。四十を過ぎた今だってわからないし、たぶんその答えは死ぬまで探し続けるんだろう。そんなふうに開き直れるまで十年はかかる。
 いったん断られた会社から「空きがでた」と連絡がきたのは、秋も深まるころだった。婦人実用書の専門出版社だった。婦人実用書の専門編集者になりたかったわけではない。でも、比較的転職の多い業界だし、編集の仕事をしていれば何とかなるかもしれない。何よりも、就職活動の苦しみから逃れたかった。
 入社してわかったことは、出版社(世の中の会社)にはカラーがあって、たとえどんなに優秀な人材でも「合わない」と感じたら、採用されない、ということだ。優秀(=欲しい人材)の定義は会社によって違う、と言い換えられるだろうか。多くの出版社の新入社員が集う会で、それを実感した。自分が不採用だった会社に入社した人たちは、あまりにも同僚とは違うタイプだったから。
 就職はご縁だとよくいわれる。数え切れないほどの因子が、あるとき合致する。人と人との出会いと同じ。いずれ別れることになるとしても。

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2010年1月 8日 (金)

就職ということ

 編集者になりたい、と最初に思ったのは、高校2年の時だったか。将来何になりたいか、という問いに、それまで明確に答えられたことはなかった。とにかく、今を生きるのが精一杯で(悩みが多すぎて)、先のことなんか考える余裕がなかった。
 編集者。なんという甘美な響き! ほかのどんな職業よりもかっこよく思えたし(身近にいなかったから余計に)、医師やアーティストのように逆立ちしてもなれない、というわけでもないところが、夢見る対象としては最適だったのかも。
 考えが甘かったことは、数年後に痛感する。バブル全盛で、友人たちは大会社から次々と内定をもらい、夏休みを謳歌していた。どの会社にいこうかと贅沢な悩みを聞かされながら、私はひとり、いくつもの出版社からご縁がなかったと言われ続けた。
 とにかく、面接が苦手だった。人生最初の鬱状態を経験し、何をやっても上手くいかなかった。自分にまったく自信が持てなかった。世の中全体から阻害されている気がした。

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2010年1月 1日 (金)

鹿の爪

 寅年ですが、シカのお話です。小説などでたびたびお目にかかる「鹿爪らしい」という表現。
 広辞苑(第六版)によると、しかつめらしいに漢字の表記はなく「しかつめら・し(シカツベラシから変化した語)堅苦しく形式ばっている。もっともらしい。また、態度・表情がきまじめで緊張している」とある。古語事典によるとシカツベラシは「(1)もっともらしい。しかるべきようすである。(2)まじめぶっている。もったいぶっている」(古語辞典 新版 旺文社)で、現代語とほぼ同じ意味のようだ。「シカツ」は「然りつ」「ベラシ」は「らしい」だ(語源大辞典 東京堂出版)。
 ちなみに、この『語源大辞典』には鹿爪という漢字の表記が載っていたが、当て字だとの断り書きがあった。が、肝心の当て字の根拠は出ていなかった。Webでは、本物の鹿の爪の写真やら、モナカやら、犬のおやつやら、それ以外のいろんなものがヒットした。これが元旦の原稿かぁ。新年早々すっきりしない。
 今、私はしかめっ面。混同されがちだが、しかめっ面は「しかめた顔。渋面」しかめるは「【顰める】不快・苦痛などのために、額・顔の皮をちぢめて皺(しわ)をよせる」(広辞苑 第六版)。こっちはわかりやすいのに。

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