2010年11月24日 (水)

『東京の階段 Plus』◆011◆

上野から谷中界隈の階段を歩く

【谷中界隈の階段】

 東京メトロ千代田線根津駅を出て善光寺坂(言問通り)を上り、谷中の寺町へ向かうと、左側に玉林寺という古刹がある。大木が何本もある境内は夏でも涼しく、晩秋の候はややさびしいぐらい静かだ。望湖山というちょっと変わった山号は、裏の高台から不忍池の眺めがよいことから付けられたものだという。今では建物が多く建ち並んでしまい、池を望むことなど到底不可能だが、十数mの丘に上るだけで数百m先の池を見通すことができた江戸の町の風景は、今より遙かに広がりのあるものだったに違いない。

20101124001 ▲階段脇の井戸

 参道の途中に東側にそれる小道がある。地元の人々が抜け道として使う、知る人ぞ知る塀沿いの細道を奥へ進むと、傍らに井戸がある階段にたどり着く。個人所有の屋根付き井戸と狭い階段、そして大木の取り合わせは、強く印象に残り、何度見ても飽きない。
 実はこの階段とその周辺は都市計画道路(環状3号線)予定地に指定されている。本来なら周辺全体が広い道路になってしまうのだが、ここは付近に寺院が多いため幸いなことに全く事業化されていない。都市計画道路予定地では鉄筋コンクリートのマンションなども造れないため、逆に昔ながらの風景が残存する結果になっている。新しい道路の計画が風景を残すことにつながっているのは、奇妙でかつ皮肉なことだ。

20101124002 ▲三叉路のヒマラヤスギ

 階段を上りその先で西へ抜けると、ヒマラヤスギのある三叉路。鋭角になった角地に立つ大木と、その下に隠れるようにある小さなお店の風景は、谷中を散策する人によく知られている印象的なものだ。角を曲がって東へ向かうと、広い参道の両側に子院が並び、整然とした景色の瑞輪寺に至る。
 寺院敷地が大半を占める谷中界隈は中高層の建物が少ない。また高台上では低地側の建物もあまり見えない。このため谷中では空がとても広く感じられる。戦災に遭わなかったところも多く、街を歩けば木造長屋や出桁造り町屋に出会う。昔の人々が日常的に体験していた風景を想像させる、静かで落ち着いた街並みである。

20101124003 ▲三崎坂

20101124004 ▲三崎町にある防火水槽

 更に北へ向かい、三崎坂(さんさき坂)を越え寺院の間を行くと、加納院の朱塗りの山門に突き当たる。すぐそばにある観音寺の築地塀も、何度か補修されてはいるが江戸期の寺町風景を思い起こさせるものだ。
 加納院の赤門の前を西へ向かい、角を折れて狭い道をたどるとやや大きな階段の上にいきなり出る。谷中コミュニティセンターわきのこの階段は、寺町がある上野台地から藍染川沿いの谷地へ向かって一気に下りるもので、谷地をパノラマ状に見渡すことができるものだ。藍染川沿いの谷地は入り組んでおらず、比較的まっすぐなので見通しが良く、階段上からは、400m程度の幅がある根津・千駄木の谷と、その向こう側の本郷台地の様子がよく分かる。階段のすぐ北側に、通行できないもう一つの階段が並んでいるが、これは以前のもの。やや急だったためか廃止されたようだが、なぜ、もとの階段を改築せずに放置して、わきに新設したのだろうか。理由は知らないが奇妙な景色だ。

20101124005 ▲閉鎖された階段が寂しい

20101124006 ▲日中も見晴らしが良い

 少し北側には谷中銀座につながる「夕やけだんだん」もある。西向きに下る階段で、坂上から眺める夕焼けが美しいことから付いた名だというが、谷中銀座と共にメディアで取り上げられることも多く、東京で一二を争う有名な階段だ。幅が広く傾斜も緩やかで、谷中銀座とその向こうに広がる景色を眺めながらのんびり下ると気持ちがよい。車が通らない階段の周辺では地元の人々が立ち話に興じたりして、コミュニケーションの場ともなっている。

【玉林寺わきの井戸付き階段】
○所在地/台東区谷中1-5と7の間
18段 幅1.0m 高低差3.6m 長さ7.7m 蹴上20cm 踏み面35cm 傾斜30°
「東京の階段」p.68

【谷中コミュニティセンターわきの階段】
○所在地/台東区谷中5-5と6の間
41段

【夕やけだんだん】
○所在地/荒川区西日暮里3-10と13、14の間
36段 幅4.4m 高低差4.0m 長さ15m 蹴上11cm 踏み面40cm 傾斜15°
「東京の階段」p.144

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<プロフィール>
松本泰生 (まつもと やすお)1966年静岡県生まれ。
91年早稲田大学理工学部建築学科卒業。同大学博士課程、助手を経て、現在早稲田大学理工学術院客員研究員。在学中から東京都心部の斜面地の景観に関するフィールドワークを行い、その一環として都心部の階段を訪ね歩く。階段をめぐり続けて14年。都市の階段研究における第一人者。
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『東京の階段』
■224ページ
■判型四六判
■ISBN978-4-537-25545-4
■2007年12月発売
■定価1,680円(税込5%)

街の階段を巡り続けて12年の階段研究の第一人者が、都内の名階段約126ヵ所を厳選。豊富な写真とともに、その土地の由緒や、階段と周辺の風景、階段散策の楽しみ方など、「都市の階段」の魅力を語る。

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